カルメン=ゴヤ
 私達を最初に案内してくれたのはカルメン=ゴヤだった。

暗く厚い雲の広がる朝のリマ空港。その灰色の空の下、彼女は真っ赤なセーターを着ていた。

彼女ははっきりとした日本語で話しかけてきた。普通カルメンとくればスペイン。

そしてスペインといえばあの有名な画家ゴヤ。

完璧にスペイン語圏ペルーの名前である。しかし彼女は日系人なのだ。 

南米に初の移民団が渡ったのは1899年(明治32年)。意外にもペルーが最初の移民第1号の国である。

その時の人数は787名であった。

現在では一世から四世まで含めておよそ10万人ほどだ。

もっともそのうち日本語の話せる日系人は一世や二世に限られてきているという。

成功した人もそうでなかった人たちもいろいろである。

「あなたの名前はすばらしいですね。」

「わたしの名前は、護屋 なんですよ。沖縄の名前です。カルメン=護屋なんですよ。」

これは百年ほど前、遠く沖縄から南米に向けて旅だった人たちの名前だったのである。 

それにしても実に見事な名前ではなかろうか。